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Yさんの納骨式 [Yさん]

9月に亡くなったYさんの納骨式が、
先週の金曜日にありました。

Yさんは亡くなる前にクリスチャンになったのですけれど、
教会墓地は残念ながら業者が入っている墓地で、
そこに入るにはお金が足りませんでした。

そのままでは遺骨の引き取り手のないYさんは、
無縁仏として葬られるところでしたが、
Yさんの支援をずっと引き受けて下さっていた「もやい」が、
最近ホームレス状態で亡くなった方を葬るためのプロジェクトを
立ち上げておられて、
「もやい」の共同墓地に入れて下さることになったのでした。

その共同墓地は、山谷地区のすぐ隣にあるお寺の中でした。
(昔は住所がばっちり「山谷」だったそうです。)
ここならば、上野〜山谷界隈に住む友人達もお墓参りがしやすいので、
良いと思います。

まぁ、クリスチャンのYさんがお寺に葬られること、
ちょっと切ないところも感じはしますが、
ご本人もそれを了解して亡くなられていますし、
何よりも、こうして生きている人達が喜んでYさんを送ることができて、
また今後もYさんを忍ぶことがしやすい場所に葬られることができて、
良かったと思います。

お寺の若い副住職さんが、お経をあげて下さったのですが、
ちょっとびっくりしたのは、参列者全員に、
「南無阿弥陀仏とごいっしょに唱えて下さい。」とか、
「木魚をたたいて下さい。」とか言われたこと。

・・・ただ、やっぱりクリスチャンの私が、
キリストではなくて「如来様」におすがりして、
念仏を唱えたり、木魚をたたく訳には行かなかったので、
みなさんが唱えたりたたいたりしているのを見ていました。

・・・しかし、あっちの世界では、
如来様ってキリストとは知り合いなんだろうか?
仲良しなんだろうか?
(最近マンガで読んだ「聖おにいさん」のことが頭をかすめる・・・!?)
意外と呼び名が違うだけで、実はほぼ同じ方のことを指していたり
するかもしれないよね・・・
(本当のところは、死んでみないとわからないけれど・・・)

だって、如来様というのも、信じるだけで救われる、と
その副住職さんがおっしゃっていて、
それならその部分はキリストといっしょじゃん・・・
(神の子かどうか、そして十字架で私の代わりに死んで、
復活なさったかどうか、ということだけが違う・・・?)
なんてことを考えながら、
そのかなり古そうな「如来様」の像を見ていたのでした。

共同墓地は、小さいながらも立派な石造りで、地、水、火、風、空、
つまり、宇宙を表した形になっていて、
墓石には梵字でその五文字が刻まれているそうです。

仏教的に深い意味はわからないけれど、
人が宇宙のちりから生まれて、最後にまた、
宇宙のちりにかえって行く、という感じかなぁ?

あと、その時にまた、副住職さんが、
「ご本人の魂は、もう既に如来様のもとへ行かれて、
ここにはおられないんですけれどね。」
とおっしゃるので、
ふ〜む、この辺の考え方も、キリスト教と似ているなぁ、と思いました。
(ただ、仏教ではこの後、人は如来様のもとで修行して、
仏になるそうなので、その辺はちょっと違うか・・・)

それから、とてもうれしかったことがありました。
式が終わってから、副住職さんとお話をしていた時のこと、
そのお寺の檀家さんで、古くから「ドヤ」を営んで来たおばあさんが
昨年亡くなられて、多くの財産をお寺に寄付なさったとのこと。
そのお金の使い道について、檀家さんと話し合ったところ、
おばあさんの遺志を継いで、ホームレス支援に使うしかない、
ということになり、
今後お寺として、本格的にホームレス支援をしよう、と決めたとのこと。

これまでは、お寺には支援の協力を頼んでも、
なかなか受け入れて頂けないことが多かったのですが、
ホームレスの現状をよくご存知の山谷のお寺の方々が、
ホームレスの方のために働いて下さるのは、とてもうれしいです。

何と言うか、
マザーテレサの周囲の人々がそうだったように、
それぞれの信仰や主義思想は違っていても、
「困っている人の力になりたい。」という心で一致して、
みんなが自分にできることをするって、すばらしいことだと思います。

そして、キリストが一番私達に大切にするように教えて下さった、
「愛」は、そういうところにこそあるのではないか、と思います。

この世の終わりが来た時、
最終的に誰が救われて誰が救われないか、それはわかりません。
キリストと「如来様」があちらでどういう関係にあるのかも、
私にはわかりません。

私は聖書に書いてあることを信じているけれど、
聖書にも神様の世界のことがすべて書かれている訳ではないし、
人間の頭では理解できない謎もたくさんあるし・・・

でも、私達一人一人が何かをしようとする時、
とにかく「愛」が実現できることかどうか、
(仏教ならば、「慈悲」ということになるのかな?)
ということを第一に考えて、祈り求めて行く時、
その道は、やっぱり神様の御心につながって行くように思います。

私自身、そういう時は、誰といっしょに活動している時でも、
どんなに困難で、答えが出なくて、自分達の無力を感じる時でも、
神様の平安を感じます。

その愛と神様の平安を、今は信じて行きたいと思います。

・・・というようなことを、Yさんの納骨式への参列で、
つらつらと考えた私でした・・・
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無事に終わりました。 [Yさん]

昨日、Yさんの葬儀がありました。
支援者当事者合わせて、20人以上の人々が集まって、
Yさんとの別れを惜しみました。
顔の広い、みんなから愛された
(けんかした人も多かったようですが・・・
そういう人も来て下さいました。)
Yさんらしい葬儀でした。

今回、区役所から葬儀費用が出たのですが、
それは、火葬をする分のお金しかありません。
でも、それ以外に、Yさんはいくらか貯金をなさっていて、
それを葬儀費用に足して使うことが認められたので、
ちゃんとお花と簡単な祭壇がもうけられ、
葬儀らしい葬儀ができて、良かったです。

牧師先生が、説教の中で、
Yさんが信仰を持つまでの経緯をお話して下さって、
私ともう一人のお友達も、Yさんの思い出を語りました。

Yさんは、みんなの心づくしの中で送られて行きました。
神様、ありがとう。
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Yさんの遺書 [Yさん]

Yさんは、まだ意識がある時に、私達に最後の手紙を下さいました。
もともときれいな筆跡の方でしたが、
(昭和初期生まれの、教養ある方でしたので)
その筆跡を残しながらも、文字の線が
ところどころ曲がったり途切れたりしています。

脳梗塞で不自由になられた手で、
しかも、もう起き上がることが難しくなられた体力にも関わらず、
たくさんのエネルギーを費やして書いて下さったことが、わかります。

私達への最後のお手紙であり、
Yさんの信仰告白も書かれているこのお手紙は、
我が家の永遠の家宝です。

Yさんをめぐって、私達は、初めての体験をたくさんして、
たくさんのことを学びました。

たった2年ほどのおつきあいだったのですが、
あらゆる困難な時期を通り越して、
それでも切れない不思議な神様のご縁を感じました。
自分の親ではないのに、親を見送ったような気がしています。

そして、先日Yさんの教会の牧師先生とお話をしたところ、
Yさんが信仰を持たれ、受洗の意志を申し出られたのが、
私達が様々な事情から音信不通になっていた頃、
恐らくはYさんが、一番お辛く、孤独のどん底におられた時期、
ということがわかりました。

人間的には、その時に、
私達がYさんの何の支えにもなれなかったことを
申し訳なく思いますが、
その孤独のどん底に至って初めて、
Yさんがイエス様に心を開き、信仰を持たれたということを考えると、
これはすべて神様の導きであり、必然であり、最善だったのだろう、と思います。

でもクリにはめずらしく、御言葉を思い出しました。

神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、
神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。
ローマ人への手紙8章28節)

今、この本を読み返しています。

最大の贈り物―死と介護についての黙想

最大の贈り物―死と介護についての黙想

  • 作者: ヘンリ・J.M. ナウエン
  • 出版社/メーカー: 聖公会出版
  • 発売日: 2003/04
  • メディア: 単行本



以前読んだ時は、感銘を受けながらも、
「なるほど、そういうものだろうな。」と思うだけだったのですが、
今は、ナーウェンの言う(ナウエン?)、
死に行く人々が私達に遺して行く、すばらしい贈り物、
という意味が、身にしみてわかるように思います。

十字架のキリストが、私達に復活の希望を遺したように、
Yさんは、私達の心に、やはり喜びと希望を遺して行って下さいました。

そして、私達は、キリストとともに生きて行くように、
今は主のところにお引っ越しなさったYさんとともにも、
生きて行くのだなぁ、と思いました。
(Yさんを崇拝する訳ではないですよ!もちろん!)

Yさんの葬儀は月曜日です。
心をこめて、最後のお別れができればと思います。
(もうYさんご自身は、神様のもとですが・・・)
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Yさん天国へ [Yさん]

今までちょっとバタバタしており、ご報告が遅れてしまいましたが、
9月4日の午前中、Yさんが天国にお引っ越しなさいました。
(お引っ越しという表現は、
お友達の「さんび」さんが使っていらした言葉で、
とても素敵だったので、勝手に?拝借しました。)
亡くなる前の数日間、毎日ほんの少しずつ呼吸が弱くなって行き、
最期は静かに静かに天国に行かれました。

Yさん、私達に大きな祝福と平安を遺して下さって、ありがとう。
Yさんにお会いできて、私達は本当に幸せでした。

また天国でお会いできる日を楽しみにしています。
それまで私達は、まだ不器用で痛みにあふれた、
それでいて不思議な祝福に出会うこともある、
地上の日々を生きて行きますけれど、

Yさんは神様といっしょに、天国で待っていて下さい。
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何もできない [Yさん]

Yさんの容態が、先週の木曜日に悪化、
お医者さんの言葉では、あと3日ぐらいしか持たないだろう、
とのことでしたが、何とか持ちこたえて、
今日は6日目に入ったところです。

(この後Yさんの病状について詳しく書いています。
ちょっと辛いことも書いてあるので、
それでも大丈夫、という方だけ続きをお読み下さい。)

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\(^▽^)/\(^▽^)/\(^▽^)/\(^▽^)/・・・∞ [Yさん]

今日はとてもとてもすばらしいことを伺いました。

Yさんがとうとう洗礼を受けられました!
私達は立ち会えなかったのですが、
Yさんがお元気な頃に通っていらした
教会の牧師先生と教会員の方が、来て下さって、
病床洗礼を授けて下さったそうです。

これでYさんとも、名実ともに主にある兄弟。
地上でも御国でも、主にあって一つです!

Yさんご自身も、洗礼を受けられて、
とても心が落ち着いたとのことでした。

「キリストの弟子になったんだから、がんばらなくちゃ!」
と笑顔でおっしゃっていました。

でも、無理はしないで、
ずっとYさんらしい歩みをなさって下さいね。

これからは、どんな時もイエス様がYさんとともにいて下さって、
苦しいことや悲しいことも、
イエス様がともに背負って下さるので、
私も大船に乗った心地で、Yさんのことをお祈りできます。

もう一つだけ神様にお願いできるのだったら、
神様、Yさんが最後にご家族と会って、
和解できますように、お願いします。
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ありがとう。 [Yさん]

Yさんが、
笑顔でキリストのもとに行くことを
願っておられることがわかりました。
神様、ありがとうございます!

Yさんの地上での一刻一刻に、
あなたの力強い支えと、守りと、祝福がありますように!
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残された時間(追記あり) [Yさん]

Yさんの命が、あと1ヶ月と宣告されました。

色々な考えが頭の中をめぐっています。
私自身もかなり動揺しています。

一生懸命に生きてきた人です。
でも、そのガンコさと不器用さから、
愛するべき人を傷つけて、
自らもたくさん傷ついて、
たくさんのものを失って来た人です。

でもそれだから、自分のダメさもよく知っている人です。

できれば、神様の愛に触れて、心を開き、
希望の光を心の中に持ってもらいたいです。

色々な失敗をした人生でも、
最後に神様の子としての平安の中に入ることができたら、
Yさんの人生の意味は、全く変容することになります。

無意味が意味のあるものに。
絶望が希望に。
刹那が永遠に。
恐怖が喜びに。
傷ついた心が愛に・・・

そうして、Yさんに残された地上の歩みが、
祝福されたものになってほしい。

この世を離れた時に行く先が、
まっすぐに神様のもとにつながってほしい。

残された時間が本当に1ヶ月なのか、
それ以上なのかは、私達は知らない。

だけど、その中でかけがえのない一刻一刻が、
神様の時間になるように、お祈りして行きたい。

********************
追記・・・
もしかしたら、誤解を生むかもしれない言葉があったので、
補足いたします。
Yさんについて、「自分のダメさもよく知っている人」と、
私が書いたこと、
普通だったら、年上の方にこんなことを申し上げるのは
失礼だと思います。

ただ、この日記は、「でもクリ日記」で、
私はこの文章を、
あくまでもクリスチャンとしての目線で書いています。

「自分のダメさを知っている。」ということは、
「自分の罪を知っている。」ということであり、
クリスチャンにとっては、
キリストの救いを理解するためには欠かせない、大切なポイントであり、
それを知っているということは、すばらしい神様の恵みなのです。
(私自身、自分のダメなところをそのように捉えています。)

決してYさんの人生の歩みに、けちをつけるものではなく、
むしろ、その歩みを尊び、そこに神様の導きがあることを信じている、
という意味で、このような表現をいたしました。
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再会 [Yさん]

昨年、わがスイートホームへの初めてのお客様でもあった、
友人のYさん、
色々と双方の事情が重なって、しばらく音信不通になっていました。

でも、土曜日に、Yさんの知り合いの方から、
Yさんが病院に入院なさっている、
しかも病状がかなり悪いらしい、ということを伺って、
昨日(日曜日)にダンナさんと二人でお見舞いに行きました。

Yさんは、昨年から病気が続いていて、
昨年秋には脳梗塞にかかり、その後リハビリをがんばって、無事退院、
一人暮らしをなさっていたのですが、
7月の終わりに腹痛で救急搬送され(ご自分の携帯で何とか救急車を呼んだらしい)、
検査の結果、胃癌が見つかったとのことでした。

約1年ぶりぐらいにお会いしたYさんは、
意識はしっかりとしていらっしゃったのですが、
随分とやせて、小さくなっていました。

そして、鼻のチューブから栄養をとり、
その他にもからだにいくつものチューブがついていて、
痛々しい様子でした。

Yさんは、私達の両親と同じぐらいの年代なので、
お一人暮らしからこのような状態になられて、
さぞ心細く、辛かっただろうなぁ、と思います。

でも、私達を見ると、とても喜んで下さって、
「もう一生会えないかと思っていたけど、会えて良かった。」
と言って下さいました。

これから検査をして、胃癌の手術があるとのこと、
あのやせた小さなおからだで、手術に耐えられるのかしら、
と素人考えでは心配になりますが、
その辺は担当ドクターを信頼してお任せするしかないのだと思います。

私達もこの一年、Yさんのことを思い出して、
「お元気だといいね・・・」と言い合って、
またお会いできる日が来ることを祈っていました。

決して「バンザーイ!良かった!」という会い方ではないけれど、
Yさんと再会できたことを感謝したいと思いますし、
今後友人として少しでもYさんを力づけることができたらいいなぁ、
と思います。
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お客さん出立 [Yさん]

今朝、お客さんが出立なさいました。
結局11泊12日、結構長い逗留でしたが、
何だか気の合うお客さんで、楽しく過ごしていました。
伺ったところ、実はお客さん、一人っ子でいらしたとか・・・

実はうちのダンナさんも私も、一人っ子なのですね・・・
何となく、その辺のリズムが合ったのかしら・・・

お茶を飲んだり、ご飯を食べたりする時は、
3人でワイワイお話しながら、結構楽しく過ごすのですが、
それが済むと、それぞれ自分のスペースに引きこもって、
本を読んだり、考えごとをしたり・・・
(結局引きこもりオタッキートリオだった、ということ?(^_^;))

私達にとっては、親戚ではないお客さんだったのに、
親戚のおじさん、いえ、自分達のお父さんを泊めているような、
とてもナチュラルで幸せな時間でした。

今回のことは、私達の心に、大きな財産を残してくれたと
思います。

お客さん、どうもありがとうございました。
そして、この機会を与えて下さった方々、
そして何よりも神様、ありがとうございました。


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